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ご相談事例

高齢期の易怒性(自律神経系)

症例の背景と、表面化していた問題
80代の易怒性・衝動性を主訴とした症例である。

日常的に不安感が強く、些細な出来事をきっかけに感情が急激に高ぶる状態が続いていた。
心療内科には通院しており抗不安薬も処方されていたが、服薬に対する抵抗感が強く、実際には不規則な服用にとどまっていた。
明らかな改善はみられず、同居家族の精神的負担がかなり大きくなっている状況であった。

高齢者の精神症状では、ご本人の苦痛よりも先に、周囲が対応に疲弊してしまう場面にしばしば遭遇する。
本症例でも、ご家族の「これ以上耐えられない」という切実なお気持ちが前面に出ていた。

高齢期の易怒性をどう捉えるか
高齢期の易怒性を、単純に感情の問題として捉えるのは難しい。
加齢に伴う身体機能の低下、睡眠の質の変化、消化吸収力の衰え、環境変化への適応力の低下などが重なり、不快感が内側で処理されにくくなる。
また、前頭葉機能の低下により、感情や衝動を調整する力が弱まることも知られている。
明確な認知症と診断されない場合であっても、いわゆる認知症周辺症状(BPSD)に近いかたちで、易怒性や衝動性が前景に立つこともある。

本症例は、怒りが強くなったというよりも、「抑える力が低下した結果として外に出やすくなっている」と捉えた方が理解しやすい状態であった。
本人自身は、強く怒っているという自覚を持っていないことも多く、落ち着かない、不快感が続くといった言語化しにくい感覚が背景にあるように感じられた。

治療の考え方と経過
治療にあたっては、興奮を抑え込むのではなく、過敏になった状態を緩め、内側に停滞しているものを少しずつ動かしていくことを意識した。
怒りや衝動性を精神症状として切り離すのではなく、消化機能の停滞や胸腹部のつかえといった身体的要素と合わせて捉え、全体のバランスを整えることを目標とした。
服用開始後の早い段階で、感情の立ち上がりは明らかに緩やかとなり、言動の鋭さが和らぐ様子がみられた。
開始2週間後には、ご家族から、「こちらが身構える場面が減った」という言葉が聞かれた。

西洋学的には、睡眠薬や安定剤などが選択されることも多い。
不安や興奮を速やかに鎮める点では有用であり、短期的に助けられる場面も少なくない。
一方で、高齢者では眠気やふらつき、注意力の低下といった影響が出やすく、転倒リスクの増加や日中の活動性低下につながることもある。
ご本人やご家族が「落ち着いたのか、それとも元気がなくなったのか分からない」と感じる場面も経験される。

患者さまの服薬への抵抗感が強かった背景には、こうした副作用への懸念や、「自分らしさが損なわれるのではないか」というお気持ちもあったのではないかと考えられた。
今回選択した漢方治療は、感情を抑え込むことを目的としたものではない。
過度に高ぶった神経の緊張をほどき、内側に生じていた張りを緩めることで、感情の立ち上がりそのものを穏やかにしていく方向性を持つ。

強く鎮めることよりも、日常の流れを大きく崩さず整えていくという方針が、ご本人の意向とも自然に重なっていた。
その点においても、漢方治療が一つの選択肢となり得た症例である。

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