ご予約

ご予約

ブログ

竜骨・牡蛎

2026.05.23 漢方

竜骨・牡蛎は何を「鎮める」のか

漢方には、「重鎮安神(じゅうちんあんしん)」という言葉があります。
精神の高ぶりや神経の興奮が上へ浮き上がっているような状態を、重みをもって鎮め、落ち着かせていくという意味合いです。
その代表的な生薬として知られているのが、竜骨(りゅうこつ)と牡蛎(ぼれい)です。
古くから、竜骨・牡蛎は、精神の高ぶりや神経の興奮を「鎮める」生薬として扱われてきました。
ただ、こうした言葉だけでは、イメージしづらく、曖昧さを感じる方も多いと思います。

牡蛎や竜骨には、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルが豊富に含まれており、中枢神経系や神経の興奮性との関係も知られています。
竜骨・牡蛎に限ったことではありませんが、実際の働きを、単一成分の作用だけで説明するのは無理があるように思います。

ここからは、あくまで日々の臨床の中で感じている話になります。
竜骨・牡蛎は、「神経や反応が散りやすくなっている状態を、内側へ落ち着かせ鎮めていく生薬」だと私は捉えています。
実際に、竜骨・牡蛎が合う方をみていると、動悸がしたり、驚きやすかったり、不安感が強かったり、神経が高ぶりやすかったりします。眠りが浅く、緊張が抜けにくい方もいます。
そうした方は、疲れやすく、気を張り続けることで消耗しやすい傾向もあります。
気を張り続けることで、神経の反応がさらに過敏になっていくようなところもあります。
竜骨・牡蛎が合う方には、身体は疲れているのに、神経の興奮だけがうまく休まりきらないようなアンバランスさを感じることがあります。
漢方では、こうした状態を、単に精神的な問題として切り分けるのではなく、身体全体の反応としてみていきます。

竜骨・牡蛎を含む代表的な方剤

竜骨・牡蛎を含む代表的な方剤のひとつに、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)があります。
実際の臨床でも、不安感が強い方や、神経の高ぶりが抜けにくい方に用いることのある処方です。
もともとは、『傷寒論(しょうかんろん)』に記載されている方剤で、熱性疾患の経過の中で、精神的な興奮や錯乱などを伴う状態に対して用いられていました。
柴胡加竜骨牡蛎湯は、熱病によって高まった身体全体の興奮を鎮めていく方剤ですが、その中で、竜骨・牡蛎は、精神面の高ぶりや不安定さに対応する役割を担っているものと考えています。
当時は、過酷な環境の中で、感染症による高熱にうなされ、意識状態や精神状態が不安定になることも、今よりはるかに多かったはずです。
そうした、神経の興奮が収まりきらず、身体の反応が落ち着ききらないような状態に対して、竜骨・牡蛎の持つ「沈めるような作用」が用いられていたのではないかと推察されます。

余談ですが、当時の柴胡加竜骨牡蛎湯には、現在では毒性の問題から用いられなくなった鉛丹が含まれていたとされます。鉛丹は安神薬の一種として扱われており、処方全体の鎮静的な方向性に関わっていました。
そして柴胡加竜骨牡蛎湯には、その成立や構成について複数の説があり、現在用いられている形が唯一絶対の原型だったとは言い切れない面があります。

また、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)も、竜骨・牡蛎を含む代表的な方剤のひとつです。
『金匱要略(きんきようりゃく)』では、「血痺虚労(けっぴきょろう)」の中で記載されており、長く続いた疲労や緊張、体力の消耗によって、身体全体の調節がうまく回復しきれなくなっている状態に用いられていました。
ここでいう「虚労」は、単に疲れているという意味ではありません。
身体は消耗しているのに、神経の緊張や反応の過敏さがうまく収まりきらず、眠りが浅くなったり、動悸や不安感が続いたりすることがあります。
桂枝加竜骨牡蛎湯は、そうした、消耗と神経の高ぶりが同時に存在しているような状態に対して用いられてきた方剤です。
そのため、柴胡加竜骨牡蛎湯とは対象とする病態に大きな違いがあります。

春先から梅雨時期にかけては、めまいやふらつきのご相談が増える時期でもあります。
苓桂剤を用いる場面も多くなりますが、水分の偏在や循環の乱れを整えながら、そこへ竜骨・牡蛎が加わることで、症状がすっと軽くなっていくことがあります。

生薬の薬能は、現代医学的な言葉だけで、十分に説明できるわけではありません。
実際の臨床で竜骨・牡蛎を用いていると、昔の人が、「鎮める」と表現した言葉の意味を、確かに実感できる場面があるのです。

PAGE TOPPAGE TOP