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「理解しているのに苦しい」― ASDの方との相談から考えたこと

2026.06.29 漢方

以前、ASD(自閉スペクトラム症)の方からご相談を受けたことがあります。
ASDは一人ひとり特性が異なりますが、気になったことから意識を切り替えることが難しかったり、自分なりに納得できるまで物事を考え続けたりすることがあります。

ご相談の内容は、ある問題から苛立ちや気分の落ち込み、不安感が続くというものでした。
お話を伺っていると、一つひとつの出来事を丁寧に振り返り、ご自身なりに整理されているように感じました。それでも、気分の晴れなさや抑うつ感、苛立ちは続いていました。頭では整理できているのに、食欲がなくなるほど苦しんでおられたのです。

もちろん、ASDの特性は一人ひとり異なります。
これから述べることも、私自身が日々の臨床を通して感じている一つの考え方です。

以前にも同様の症状がみられた際には、抑肝散(よくかんさん)を中心とした処方を用いたことがありました。
抑肝散は、易怒性や神経の高ぶりに用いられる代表的な処方であり、ASDの方でみられる興奮や易刺激性などに用いることがあります。
しかし、十分な反応が得られませんでした。

そこで改めて状態を見直してみると、神経の高ぶりを抑えることだけでは十分ではなく、もう一つ別の視点が必要なのではないかと感じました。

私が目を向けたのが、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)を用いる際に重要な所見である「心下痞(しんかひ)」でした。
心下痞とは、みぞおちのあたりがつかえたように感じる状態です。
半夏瀉心湯は、古典においてこの心下痞を目標として用いられる代表的な処方です。一般には、胃の不快感や吐き気、食欲不振、胃腸の不調などを目標に用いられ、胃腸の機能がうまく調和していない状態に適応すると考えられています。

しかし私は、この「つかえ」は胃だけの問題ではなく、強いストレスや精神的緊張によって生じた身体の反応として現れている場合もあるのではないかと考えています。
その視点から半夏瀉心湯を中心に処方を組み立てたところ、精神状態は好転し、食欲も戻り、日常生活も安定していきました。

頭では理解できていても、身体には緊張や重苦しさが残ることがあります。
例えば、胃が重い、食欲がわかない、みぞおちの不快感が続くといった状態です。
理屈では納得していても、身体はまだ出来事に反応し続けていることがあるのです。

そのような状態だからこそ、「ほどく」という視点を大切にしています。

理解することと、受け入れることは必ずしも同じではありませんし、身体は緊張を抱えたままということもあります。

漢方の大きな特徴は、「身体に残った反応」にも目を向けるところにあります。
抑えるだけでは届かない不調に対して、「ほどく」という視点が役立つことがあります。

心下痞という言葉は、二千年近く前の古典に記された症候です。
しかし、その考え方は今の臨床にも通じるものがあるように思います。

近年は、検査では異常が見つからないにもかかわらず胃の不調が続く「機能性ディスペプシア」という病気が広く知られるようになりました。
機能性ディスペプシアでは、胃そのものだけでなく、ストレスや脳腸相関、自律神経の影響なども病態に関与すると考えられています。
私は、この考え方にも「身体に残った反応」という捉え方と重なる部分があるように感じています。

半夏瀉心湯を胃薬としてだけ捉えてしまうと、この処方が持つ可能性を見落としてしまうことがあるのかもしれません。心下痞という所見をもう少し広い視点で考えてみると、思いがけない場面で力を発揮することがあります。

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